抗IL-6レセプター抗体によるクローン病の治療

大阪大学大学院 医学系研究科 分子病態内科学 伊藤裕章先生 現医療法人錦秀会 インフュージョンクリニック 院長 

【はじめに】

 クローン病治療と言えば栄養療法、患者さんにはとても辛いことですが、わが国では今のところこれが主流です。我が国では、と言いましたが、欧米ではこのような治療が行われない事情があることと、十分長い期間投与してステロイドなどの他の治療法と比較した臨床試験が行われないうちに日本では全国に浸透したという経緯があるということで、決して意味のない治療法を強いているのではありません。でも人生最大の楽しみのひとつ、食欲を満たすことを許されないのは本当に辛い。そんな我慢をしなくてもきっちりと効いてくれる薬はないものなのか。実はそのような薬は現実のものとなりつつあるのです。炎症を起こすサイトカインという、体内にごく微量しか存在しないが非常に強い生理活性を持つ物質をブロックする治療法がそれです。そのひとつ、抗TNF-α抗体(インフリキシマブ、商品名レミケード)は、すでに欧米をはじめ世界30数カ国で優れた臨床成績を上げており、日本では(随分遅れていますが)ようやく来年の春ごろには認可されるものと期待されています。そして私たちが開発中の治療薬が抗IL-6レセプター抗体です。臨床試験(臨床第2相)も順調に進んでいます。では、なぜこのような治療法がクローン病に効くのかをお話しましょう。

【サイトカインをブロックする治療】

                                        
 クローン病のような炎症は好中球、リンパ球やマクロファージといった細胞を介しておこりますが、攻撃や出動の指令は細胞が分泌するホルモンのような液性因子によって行われます。この液性因子をサイトカインとよびます。そして指令を受ける細胞の表面には、サイトカイン・レセプター(受容体)とよばれる構造があります。サイトカインが細胞のスイッチを入れる鍵とすると、サイトカイン・レセプターは細胞の鍵穴です。鍵と鍵穴はぴったり合わないとスイッチを入れることができません。TNFにはTNFレセプター、IL-6にはIL-6レセプターといった具合です。

さて炎症がおこる時には、炎症を起こすサイトカインと同時に、実は炎症を抑えるサイトカインも出てきます。炎症をおこすサイトカインにはIL-1、IL-6、TNF-α、IFN-γと呼ばれるものがあり、炎症を抑えるサイトカインにはIL-1レセプター・アンタゴニスト、IL-10、IL-11、TGF-βなどがあります。そして炎症を抑えるサイトカインが勝つと炎症は自然におさまり、炎症をおこすサイトカインが強いといつまでも炎症が続き、慢性関節リウマチやクローン病のような「慢性炎症」となってしまいます。

炎症をおこすサイトカインが炎症を抑えるサイトカインより優勢なために炎症がおさまらないのなら、炎症をおこすサイトカインが働かないようにしてやれば良いことになります。これが抗TNF-α抗体や、私たちが取り組んでいる抗IL-6レセプター抗体です。抗TNF-α抗体(インフリキシマブ)はTNF-αという「鍵」にとりついて、TNFレセプターという「鍵穴」に差し込まれるのを邪魔する薬です。この薬はまず慢性関節リウマチに対する臨床試験が行われていましたが、他の治療法が全く効かない12歳の少女に試験的に投与されてきわめて有効であることがわかり、クローン病に対する臨床試験が行われ、すでに欧米を初めとする多くの国で薬として認可され、優れた臨床成績を上げています。

さて、「抗TNF-α抗体」の「抗体」とは何でしょう。麻疹(はしか)に一度かかれば二度とかかりません。それは体に麻疹ウイルスに対する抗体ができるからです。抗体は自分の体ではなく外からの侵入したもの、生まれつき自分の持っていないもの(非自己、異物)に対してリンパ球がつくり、これを中和したり破壊したりするタンパク質です。自分の体に対する抗体(自己抗体)は健康な人には通常存在しませんが、全身性エリテマトーデスに代表される自己免疫疾患(膠原病)でみられ、病気の原因と密接な関わりがあると考えられています。TNF-αは良きも悪しきも生まれつき誰もがもっているサイトカインですから、これに対する抗体は基本的に存在しませんし、ワクチンのように注射をしてもヒトの体にヒトのTNF-αに対する抗体は作られません。そこでヒトのTNF-αに対する抗体はヒト以外の動物、具体的にはマウスに作らせます。ところが、マウスの作ったヒトのTNF-αに対する抗体はマウスのタンパク質でヒトにとっては異物ですから、ヒトに投与すると、今度はヒトのリンパ球がたちまちこれを中和する抗体を作ってしまいます。中和するだけならまだしも、時にはアナフィラキシーと呼ばれるショックを起こすような非常に強い有害反応をおこすこともあります。そこで特殊な方法を用いてマウス特有の部分をヒトのものと置き換えた抗体を作ったのです。TNF-αに結合する部分はマウスのままで、残りはヒトという抗体なので、ギリシャ神話に出てくる怪獣の名をとって「キメラ」抗体と呼ばれます。 インフリキシマブの効き目は相当に強力で、栄養療法の行われない欧米での試験でも、たった1回の点滴静注で約半数の患者さんが緩解に入ったと言われています。さらに、クローン病の患者さんを非常に悩ませる瘻孔を閉鎖する作用があることもわかりました。しかしこの夢のような薬にも問題点があります。少し残っているマウスの部分にも抗体ができて、薬の効き目がなくなったり、時にはアナフィラキシーがおこることもあります。TNF-αは炎症をおこす一方で、感染防御にも関わる大事なサイトカインですから、これを中和してしまうと感染症にかかりやすくなったり、重症化することがあります。また、不思議なことにインフリクシマブを投与すると、全身性エリテマトーデスでみられる自己抗体が出現したり、時には全身性エリテマトーデスの症状まで出ることがあります。さらにインフリキシマブを投与中に悪性リンパ腫などの悪性腫瘍が発生したため、現在長期投与の有効性と安全性を確認する大規模な臨床試験が行われています。クローン病は慢性の炎症で、薬の効き目が切れてくるとまた悪化してしまいますから、何度も繰り返し投与しないといけません。インフリクシマブの効果は8-12週で消えてしまいます。それだけに長期投与の安全性は大きな問題です。

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