事例と考察
本研究の結果と関係があると思われるある事例を、ここで紹介したいと思う。
1.
事例;交流会における患者の母親の話
クローン病患者・家族を対象とした料理講習会に参加した時のことだった。医療関係者を除き参加者は10人ほどで、患者本人ではなくその母親が多かった。母親はもちろん対象者であるが、患者本人の参加があまりにも少なかったので疑問に思い交流時にその話をある参加者(患者本人の母親)に聞いてみると、その母親も本人に交流会の参加を持ち掛けたが本人は「行きたくない」ということだった。その母親の話は次のようなものである。
患者本人は既に就学も終わり成人している。就学中に病気になったことから、病気の症状によって入退院を繰り返し、就職の機会がなかなかつくれず家にこもりがちだという。アルバイトなどを本人にすすめるが、体調への不安からなかなか本人はその気にならいようだ。交流会などの社会参加をすすめるが今一つ良い返事がない。ずっと家で過ごしている患者に対し、両親もどう接したら良いのか悩んでいるということだった。食事制限のことを考え、母親はクローン病にそった食事を患者本人に作っていたが、他の家族との食事内容と少し異なるため、食事も別にとるようになり、家族間の交流も少なくなっていったということだ。
2.
事例による小考察
事例をまとめると、病気になったことで就学後の社会生活に影響があるということがわかる。クローン病の症状には個人差があり、入退院も人によって違う。確かに病気のため不安や体力的自信喪失におちいり、社会生活に限界を感じることがあるかもしれない。また、病気になる前はこんなはずではなかったと今ある自分を否定し、自暴自棄になることもあるかもしれない。しかしその状態では人間として良い生き方といえるだろうか。同じクローン病をもっていても、症状は様々であるなか学生生活をこなしている人や、通院をうまくコントロールして仕事をしている人がいる。仕事をしないことが人間として悪いといっているのではなく、病気の症状が悪化しているわけでないのに家にこもるような状態は、人間としての健康――クローン病は別として――に良くないと思うのだ。家にずっといるということは刺激をうける媒体も家族、テレビやラジオ、書籍、パソコン、新聞チラシなどと限定されてくる。また環境がずっと同じであると、病気のことばかり考えてしまうことも避けられない。もちろん自分の病状について考えることは大切であるが、それが始終であると精神的にも疲れてしまうと思う。仕事以外にも例えば友達と出かけたり習い事やボランティア活動など我々の社会生活は様々である。そしてそこから日々刺激を受け、人間としての成長が期待できるのであると私は考えている。したがって病気を原因にそのような社会生活を奪われるということは、人間として生きていく上で決して良くないのではないだろうか。このような事例の状態を改善するにはどのようなことを行えば本人にとって一番良いのだろう。必ずしも私がいうような生活を本人が望んでいない場合は、どのようにしたら良いのか。第2節の調査結果のまとめから次で検討したいと思う。
3.
クローン病患者の自己受容と支援関係の調査結果と考察
調査の集計結果は前記の通りだがそれらのなかからいくつかピックアップし、分析を行った。
まず属性別―男女別―にみた自己受容は、発病前では女性の自己受容度が目立って低い結果がでた。しかし発病後の自己受容になると逆転して女性の自己受容度は高く変化していた。男性は発病前後とも自己受容は高く大きな変化はない。ここでは男女差が結果として表れた。変化のあった女性に関して考えると、女性は危機に対して受け入れる能力に富んでいるのではないかと思うのだ。もちろん病気をもつということ、特に原因不明の難病ともなると誰もが落ち込むだろう。病気を受け入れてその落ち込んだ状態から這い上がるということは簡単なことではない。しかしデータが表わす結果から推測すると、特に女性の場合、病気を持ったことであらゆる経験から成長し、自己受容が高まったということがいえるかもしれない。
病識別にみた自己受容では、自分の症状を軽いと考える人は発病前後とも自己受容は高い。発病後には症状を中度と考える人も自己受容が高くなっている。しかし、自分の症状を重く考える人は発病前後とも自己受容は低いままとなっている。結果から、自己受容が成されている・高い人ほど自分の症状をひどく考えていない。もちろん症状の個人差があるので自己受容との関係は必ずしも絶対的とはいえないが、自分のことをよく知っているということは、病気を受け入れるということにおいても被害的に考えず、現状を捉えようとし、先に進もうと肯定的に捉える方向に導いているのではないだろうか。自己受容があまり成されていない・低い傾向にある場合は、結果にもあるように自分の症状に対しとても消極的である。もしその状態を本人が脱したいと希望するのであれば、支援関係は自己受容に影響を与えるという結果が予測されるので、家族を中心とした周囲の人間の支援を積極的に行えば良いと思う。また逆に症状が重いと自己受容に影響を及ぼすのかもしれない。もしそうであれば、患者に合った環境で医療的に現状を改善することがとても大切である。
属性別にみた支援関係は、母親と父親との間に大きな差が出ている。母親からの支援は男女ともに圧倒的に「支えられている」回答が多いが、父親からの支援については「支えられている」回答は約3割にとどまり、あとは「どちらともいえない」という結果となった。女性は母親から、男性は父親からの支援度が男女べつにみると少し高く、同性による支援は大きいということも伺える。このような結果から考えられるのは、発病時の年齢によるところが大きい。発病はデータにもあるように10−20代に集中しており、子どもとして両親からの援助を必要としている時期である。その時期に発病するということは、患者本人も両親を頼るし、両親も放っておけないと思う。結果、身の回りの世話など家庭内で中心に行っている母親の支援は強くなる。父親の方は意外な結果であったが私の経験から考えると、年齢的にも思春期で難しい時期に大きな病気をもつということで、父親は患者本人の心理が伺えず、どう接すれば良いかわからないのではないかということだ。そうすると次第に距離がつくられ、直接的な支援は難しくなってしまうのではないだろうか。
兄弟との関係は、兄弟から「支援されている」という回答は男女平均で約6割あり、女性の方がそれよりも少し多い結果がでている。病気によって患者本人に対する親の支援は他の兄弟よりも大きくなるかもしれない。そこで親と兄弟の関係、患者本人と兄弟の関係が心配されるが、結果として兄弟同士による支援があるという回答が多いので、年齢の近い身近な理解者として、大切な存在であるとみている。恋人・配偶者からの支援は男女とも7・8割が「支えられている」と答えているが、男女差がでている。男性の方が女性に比べて少し傾向が低い。これはその男性の環境にもよるが、例えば家庭をもっている人であれば家庭を支えなければならないという責任感が、病気に対する管理を自分の中で徹底させているのかもしれない。恋人・配偶者の支援ももちろん必要ではあるが、それ以上に社会的責任のため、自分に厳しくあることが考えられる。
また、病気=弱い立場と考える場合、男性としてのプライドが相手の支援を必要としないように思わせるのかもしれない。友人からの支援も全体で約6割が「支えられている」が、男性の方が比較的低い。その次のクローン病の友人からの支援も約半数が「支えられている」とあるが男性のほうが値は低く、また女性よりも「支えられていない」回答が多かった。これは男女の性質の違い――例えば友人に対する期待度など――からくるのかもしれないが、データにより友人からの支援に対する意識に男女差があることがわかった。
病識と支援関係の調査では、母親からの支援の場合、全体的にみると圧倒的に支援傾向が高いが、そのなかで症状を重度と考える人の支援傾向は一番低かった。逆に父親の方は全体的に「支えられている」回答は少ない中、病識別にみてみると、軽度と考える人ほど父親から支援されていると考える傾向が低い。言い換えると軽度の人ほど多くが父親の支援は「どちらともいえない」といっている。母親と父親の間にまた差が表れた。理由としては前述と同じく両親と患者本人との距離があると思う。特に症状を軽度と考える人は、母親には頼るが父親に対して支援を期待しないことが結果としてでている。
兄弟との支援関係については病識別にはあまり差が表れなかった。恋人・配偶者との関係では症状が重い人ほど「支えられている」意識は他に比べて一番低かったが、「支えられていない」意識が一番高いわけでもなかった。このことから、病識の違いによって恋人・配偶者からの支援をどう捉えているかということに差は表れなかったとみている。友人との関係では、「支えられている」傾向のなかで、症状の軽度・中度と重度の間に差があり、重度の人ほど友人からの支援度を低く考えている。しかしその次のクローン病の友人からの支援のところでは、重度の人ほど「支えられている」という傾向が強く、重度の人に関しては友人とクローン病の友人とで大きな違いが表れている。結果からは病気による友人関係への影響が考えられるのではないだろうか。病気のことが気になって友人との接触は難しいが、クローン病の友人は病気の理解もあり交流しやすいとのことなのかもしれない。
自己受容と支援関係においては、母親の場合、発病後にかけて支援があると考える人ほど自己受容が高くなっている。病前では母親支援の影響にあまり差がなかった自己受容の高低は、発病後に大きな差がうまれている。支援がないと考える人ほど自己受容の高低に大きな差があり、低い傾向が出ている。それに比べ父親の場合にはまったく逆の結果がでており、発病前から後にかけて支援されていると考える人の自己受容は低くなっている。
兄弟との関係では支援度別に自己受容の差はみられないが、病後には支援されている人の自己受容が高く変化している。恋人・配偶者との関係では支援の有無によって自己受容に差が表れている。特に発病後はその差が顕著となり、恋人・配偶者の支援が自己受容に大きな影響があることがわかった。友人との関係では発病前には目立った差はないものの、発病後の結果からは支援のある・ないによって自己受容に差があることが、これも大きな差となって表れている。最後のクローン病の友人との関係でも同じように支援の有無で自己受容に差があることが結果にでている。父親のケースを除いて、これらのことから患者本人の自己受容に対して支援関係の影響は大きいものであることがいえよう。
4.
事例の考察
調査の結果から事例の患者本人に対して考えられることは、支援関係の適用である。支援関係があることによって本人の自己受容は高められ、その結果は社会生活の実現へとつながると考えている。支援者は患者本人の都合にもよるが、家族をはじめ、医師・看護婦などの医療関係者、友人、クローン病の友人がいる。注意しなければならないのは、患者本人と相手との関係があまり良くないのに、相手が無理に支援者として位置することだ。例えば、患者本人があまり良く思っていない友人が悩み相談などの支援者として協力しても、かえって患者本人の抵抗感を生む結果となり得る。この事例の場合、家族と患者本人の間に距離が感じられるため、家族以外の友人や医療関係者が支援者として最初に働きかけるのが良いかもしれない。場合によっては医師や看護婦・ソーシャルワーカーが患者本人とは別の機会に家族と関わることも必要かもしれないと考えている。
【ごあいさつ】
最後になりましたが、本研究のためにご協力いただいた病院の医師ならびに関係者各位、患者会の皆様に、多大なるご迷惑のお詫びと心からの感謝を申し上げます。論文のためのアンケート調査過程では、私の人生における大きな教訓を得ることが出来ました。それとともに、クローン病ををもつ一患者であり福祉を学ぶ者として現状を知り、新たな可能性と課題を得ることが出来たと思います。一日でも早いクローン病研究の発展と患者のQOL向上、そして社会的認知の拡大を願い、微力ながら私の研究の締めくくりとさせていただきます。ありがとうございました。
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